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ぼうずやのにっき

ゆううつを

ゆううつとはどうするものでしょう。なるものですか。おちいるものですか。忘れるものですか。ゆううつはどうするものかについて考えてみます。

考えるにあたりぼくとゆううつとの関係を紹介します。ぼくとゆううつは親しい間柄です。ぼくはすぐにゆううつになります。月曜日の朝はもちろんのこと、土曜日の午後にはすでにゆううつになっています。連休中は「あとn日しかない。ゆううつだ。」が口癖になります。発表前や試験前やゲームを終えた後や映画を見終えた後などにもゆううつになります。ぼくは小さなことですぐにゆううつになります。ぼくとゆううつは友達です。

またゆううつになるような状況では根本的な解決が期待できないことがほとんどです。言い換えると状況を打開できないということです。たとえばどんなに避けようとしても月曜日の朝はやってきます。映画は数時間で終わります。「避けようがないからこそゆううつになる」とも言えます。

そんな日常にひそむゆううつは恐ろしいやつですが、ぼくなりの対処方法はあります。

ぼくなりの対処方法のひとつが「忘れる」ことです。しかし嫌なことはそう簡単には忘れられません。忘れようとすればするほど意識し思い出してしまいます。じっとしていれば思い浮かぶのは嫌なこと。積極的に向き合って忘れることは難しいです。

そこで別のことをします。夢中で別のことをします。たとえば歌を歌います。ほかにはゲームをします。ストリートファイターをしている間はゆううつを忘れることができます。カラオケで歌っている間はゆううつを忘れることができます。

「している間」と表現したとおり、これは一時的な対処方法です。ですから、ぼくはこれを「ごまかす」と呼んでいました。ゲームをしてゆううつをごまかす。叫んでゆううつをごまかす。そんな風に呼んでいました。

今日ふと思ったのは「ごまかす」とはどういう意味なのかということです。語源由来辞典によると次のような説があるそうです。

祈祷の際に焚く「護摩(ごま)」に、「紛らかす(まぎらかす)」などと同じ、接尾語「かす」が付き、ごまかすになったとする説

「まぎらかす」は「まぎらす」や「まぎらわす」と同じものです。

そう言われてみると「ゆううつを」に続く言葉は「ごまかす」よりは「まぎらわす」の方が一般的に思います。ぼくは今後「ゆううつをまぎらわす」を使うつもりです。

何気なく使っている言葉でも意味を調べてみるとより良い表現が見つかります。ごいのとぼしさを補うこともできますし、何より新しい発見があり楽しいです。

ちなみに記事とは関係ありませんが、友人は「ゆううつを吹き飛ばす!」を主に使います。さすがです。

以上。