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ぼうずやのにっき

旅行と体調

バレンタインデーのことを書こうか、それとも残業したことを書こうか。そんなことを考えながら帰ってきた。すると玄関の明かりがついている。「消し忘れたかな」と朝のことを思いだしつつ戸を開けると、大きな荷物が置いてあった。母がフランスから帰ってきていた。

おかしい。予定では明日のはずである。昨日はこのブログで散々けなしたのでなんとなく決まりが悪い。

リビングにでも居るのかとのぞいてみると誰もいない。二階で部屋をちらとのぞくと寝ているようだ。「時差は大変だなあ」とひとごとのように夕食の支度をした。今日は残業で遅いものの反省を活かして白いご飯をすぐに食べられるようにしている。

しゃもじを片手に炊飯器に近づくと、薬が落ちていた。今日の日付の処方せんである。どうやら母は風邪で帰ってきたようだ。

話を聞かないと断言はできないが、おそらくひどい風邪で早く帰ってくることになったのだろう。ぼくがあきれるほどに年中旅行している母だけど、旅行先で風邪と聞くとさすがにかわいそうだと感じる。

海外旅行に行く前の母はおよそひと月かふた月前からその国の本を読みはじめる。楽しみで仕方ないのだろう。「旅行だけが楽しみだ」と公言する母のそんな様子を見ているのだから、旅行先の風邪であれば、こちらから声をかけるのもつらい。さぞかし残念なことだろう。

ふと高校の修学旅行で高熱を出して座薬を入れられた同級生を思い出した。彼は野球部でかっこよくて頭がよかった。ぼくは彼やその友人たちからなる野球部グループと修学旅行で一緒だった。

人数調整である。ぼくがそのグループに加わることになった理由は明らかに人数調整だった。クラスごとにグループ数が決まっていたから、必然的にグループあたりの人数も決まってくる。ぼくはろくに友達が居なかった。野球部グループの目にとまり、人数調整のためにそのグループに入れられた。

修学旅行はまるで一人旅だった。行程のほとんどはスキーだったので、ほとんどみんながそうだったと言っていい。スキーは誰とも話す必要がないスポーツである。斜面の凹凸にあわせて下るだけ。力がなくてもできるしぼくができる数少ないスポーツである。スキーは最高だった。さらさらとした北海道の雪質にも感動した。

教師たちにとってはスキー場は管理しやすい環境だったのだろう。そんな事情が見えるくらいには、ぼくは大人だった。

彼ももちろん大人だった。ぼくよりずっと大人だった。身長や言葉づかいやふるまいを見ても大人だった。女性に好かれそうだと女心の分からないぼくでも分かるくらいだった。

そんな彼に保健の先生が座薬を提案したとき、同じ部屋に居たぼくは無表情になった。そしてそのまま部屋を出て、彼と別れた。修学旅行が終わるまで彼は合流できなかった。

母はいまどんな気持ちだろう。あの同級生はどんな気持ちだったのだろう。あの日も寒かったし、今日も寒いのだから、きっとぼくは今日も無表情なのだろう。母親にかける言葉が見つからないくらいにぼくが子どもなのは確かである。

53 min.