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ぼうずやのにっき

傘がない

都会では自殺する若者が増えている
今朝見た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない

冒頭の引用は井上陽水の『傘がない』から。ぼくはYMCKによりカバーされたチップチューンを先に知ったので、曲としてとらえるならYMCKの『傘がない』をイメージして読んでほしい。

歌詞はこのあと雨の中を濡れながら「君に逢いに行かなくちゃ」と続く。実感できない「自殺する若者」よりも、身近に感じられる「雨」とその向こう側に居る「君」こそが大切だと、そんな意味だろう。なんとも刹那的で感情的な判断を歌っている。しかし、ぼくはものごとは結局のところ感情的なもので決定するのだと考えているし、これはこれで良いかなと思う。

この歌詞の良さを、ぼくは話の進め方だと思う。

身近でない大きな問題「若者の自殺」を挙げておいて、身近であり小さな問題「雨(傘がない)」を挙げる。そして後者(傘がないこと)こそが問題だと言いきる。多くの人は疑問に感じるはずだ。なぜなら釣り合いが取れないからだ。問題のスケールが違いすぎる。

この釣り合いの悪さ(疑問)を解消するための理由が「君に逢うから」なのである。

自殺する若者と雨(そして傘がない)という通常では釣り合わないことがらを「君に逢う」ということが釣り合わせている。それだけ君が重要であり、だからこそ傘がないことが問題になると説明している。繰り返しになるが、実に感情的な歌詞である。

相手に興味(疑問)を持たせてひきつけて、論理的ではなく感情的な理由からそうなっていると説明して、疑問を解消するとともに納得させる。感情的な理由で決定していることはどうしようもない。歌詞の語り手にとっては自殺なんかより傘がないことこそが問題である。そういうものなのだ。

どうだろう、話の進め方が上手ではないだろうか。ぼくはこの歌詞が好きである。

さて、そもそもこの歌詞を紹介したのは、朝の出来事による感情的な理由からである。

朝から雨が降っておりぼくは傘を持って家を出た。この傘は最近買ったばかりのお気に入りの傘である。いつも透明なビニール傘を使うぼくらしくもなくしっかりした傘である。いつもの傘より値段もすこし高かったので「大切に使おう」と心に決めていた。

いつものように電車に乗り、職場に向かう。ところが電車から降りプラットホームから改札へと向かう階段で気づくのだ。

「傘がない」

電車の中に忘れてしまったらしい。

問題は今日の雨。傘がない。行かなくちゃ。職場に行かなくちゃ。仕事をしに行かなくちゃ。雨にぬれ……。

50 min.