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ぼうずやのにっき

RALLY の料金改定と「お金を払う」ということ

RALLY がプランを改定した

前置き。ぼくは RALLY の開発者だが、ここはぼくの私的な blog だ。だから、ここではその所属とは関係なく、あくまで私的な意見を書く。

この改定を実質的な値上げだと感じる。こう書くと「値上げなんてひどい」と感じるかもしれない。あるいは「うまく収益が上がらなかったのかな」と考えるかもしれない。感想はそれぞれだと思う。実態がどうなのかを書くつもりはないし、ぼくの判断でそれを書くことはできない。先に書いたとおり、ぼくは開発者だ。ぼくは利害関係者だ。だからといって、ぼくはここで値上げの理由や言い訳などを書くつもりはない。ぼくがここで書きたいのは「お金を払う」ことへのぼくの見方についてだ。

結論から書こう。ぼくは「お金を払う」ことを投票だと思っている。何を生かし、何を殺すのかという投票だ。生きるのに必要なだけの票が集まれば生き残る。そうでなければ死ぬ。投票しないことは殺すことにつながる。好きなもの・必要なものに生きていてほしいならお金を払うべきだ。

さて。

まず RALLY はこの改定の必要性をどう説明しているのか。「今後もより良いサービスを継続して提供させていただくため」だそうだ。良いものを継続して提供するには、お金がかかるのだろうか。お金がかかるなどとはひとつも書いていないが、ぼくは値上げだと感じたので、そう解釈する。

ぼくはかかると思う。

いまの世の中はお金がなければ死ぬ。当たり前のことだけど、 RALLY の開発・運用者もかすみを食って生きているわけではない。お金を払って飯を食っている。これはぼくの思いつく範囲のすべての人がそうだ。 RALLY に限らず、何かを提供しようとするとお金がかかる。

では、かかるお金をどうやって手に入れるのだろう。

そのためのお金をどうやって手に入れるのかはいろいろな方法がある。今回のように利用者から手に入れるのかもしれない。広告を表示して広告主から手に入れるのかもしれない。部署単位で採算がとれればいいなら、他から手に入れるのかもしれない。方法はさまざまだ。

ぼくは RALLY のような直接的な方法が好きだ。必要とする人がお金を払う。これはとても分かりやすい方法だ。この話は Twitter にもすこし書いた。

世の中には無料のものがあふれている。

無料。それだけでみんな喜んで欲しがる。無料をありがたがる理由は、ほとんどの人にとって、お金はいかにも有限な資源だからだろう。お金を払わずに手に入るなら、そのほうが良い。そういう気持ちなのだろう。わかる。

サービスの提供にお金がかかるのは分かる。なのに、なぜお金を払わずに無料で欲しがるのだろう。きっと先に書いたようないろいろな方法があるから、なんとか「工夫」しているのだと解釈するのだろう。

ぼくはみんながみんな賢く「工夫」しているとは思えない。無料では維持できないのに無理している。だから Twitter はきっと買収される。無理がたたって買収される。

お金は投票行為だ。

お金がなければ死ぬ。無料のものは工夫してお金を手に入れなければ死ぬ。それが分かるなら、必要なもの・良いと思うもの・好きなもの……、そういう生きていてほしいものにはお金を払うべきだと思う。そういうものに投票すべきだと思う。

利用者に向けて思うことは無料のものが大丈夫かを考えることだ。スターバックスで数百円のコーヒーを買うくせに、毎日使うサービスには 1 円も払わない人をよく見かける。別にスターバックスに悪意はない。なんでもいい。普段ものを買うときに支払うお金と同じ気持ちが「無料」のものに向けられているのか。それは果たしてどうやって維持されているのか考えるべきだと思う。

提供者に向けて思うことは「なんとか工夫している」などと解釈させるべきじゃない。それで本当にうまくいくならそれでもいい。だけど、そうでないならやめたほうがいいと思う。それは悪循環だ。かかる費用を利用者に認識してもらう努力をすべきだと思う。

要するに利用者と提供者、その両方が「お金を払う」ということについてよく考えるべきだと思う。ぼくは利用者と提供者は良い関係をつくっていくべきだと思う。

最後に。

「お金」と何度も書いているので、誤解をまねかないように念のため RALLY に対するぼくの姿勢について書いておく。

少なくともぼくは RALLY をお金のために開発しているつもりはない (し、そうだとしたら効率が悪すぎる) 。 RALLY とそれに関わる人みんなが RALLY の存在で幸せになることを願っている。「みんな」は利用者だけじゃなく開発者や運用者も含まれる。当然ぼくも含まれる。みんなで幸せになれる。そういう仕組みをつくりたいと思っている。

ぼくは RALLY という仕組み (やそれ自体を開発していく仕組み) をつくれることが楽しい。そして、できるならそういう活動をしながら生きていきたい。

今回の料金の改定は RALLY やそれをつくるぼくを含めた費用。みんなが幸せになるためには誰がどんな風にどれくらいの負担をすべきなのか。そういったことを考えた結果だと思っている。

「 RALLY とそれに関わる人みんなが RALLY の存在で幸せになることを願っている」と書いた。逆に言えば、幸せにできないなら RALLY はなくなってしまうほうがいい。「保存期限」の制限にはそういう意図もあるのだとぼくは思っている。

ぼくはぼくのために誰かのためのことをする。この考えかたはみんなが幸せになる方法のひとつだとぼくは信じている。