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ぼうずやのにっき

何をしたのか分からないのは何もつくっていないからだ

もう何度も書いている気がするのだけど、何をしたのか分からない。

なぜ「何をしたのか分からない」となるのだろう。その理由のひとつは何をしたのかが残っていないからだ。ものがないと何をしたのか分からない。何をしたのか分からないことで妙に自信を失ったり不必要に焦ったりする。これは良くない。

「なるべくはやく見えるもの・かたちあるものにする」という年間目標 (心がけ?) を書いているとおり、なにか残るものをつくると良い。読書でもメモをつけるとか、かたちのある何かを残すと良いのだと思う。

このブログ自体が残すためのものではあるのだけど、最近は丸一日遅れて書いているので良くない。その日の夜か、せめて翌日の朝には書いたほうが良いだろう。翌日の夜には前日のことは忘れてしまっている。

何をしたのか分からないのは何もつくっていないからだ。

「何をしたのか分からない」とならないための何かをつくる。後から記録をつけるなら忘れる(分からなくなる)前につける。


今日はベヨネッタを一章だけ進めた。早く終わらせたい。 2018 は 2016 のような「ひとりでゲームをしない年」にしよう。

2017-11 のふりかえりをした。年間の目標を見て、慌てて「『型システム入門』を読む」と書いた。短期的な視点で計画を立てていて良くない。

そうだ。書きそびれていた。 Advent Calendar が流れてきている。ここ数年はひとり Advent Calendar を書いていたのだけど、今年はやらないつもりだ。去年のものがとても中途半端だったのもある。