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ぼうずやのにっき

『インセプション』をみた

インセプション

ネタバレ。

映画『インセプション』を観た。DVD をレンタルした。

夢の中へ。夢の中の夢へ。こういう階層構造の夢や夢と現実との区別がなくなるような世界を見ると今敏監督の映画を思い出す。パプリカとか PERFECT BLUE とか千年女優とか。

映画『インセプション』における夢はいくつかの特徴がある。夢の世界は現実よりもゆっくりと流れる。想像次第で何でも創造できる。夢の中で死ぬか、現実で起こされれば、目が覚める。いろいろある。

タイトルのインセプションとは相手の夢(深層心理)に植え付けること。劇中では相手の夢(深層心理)から情報を抜き取るエクストラクトとあわせて登場する。

主人公とその妻に関する謎や、その世界観がこの映画の魅力だと思う。

妻の謎については終盤で明かされる。夢の世界から出たがらない妻に対して「ここは現実ではない」インセプションを行い、現実世界でまでそう思わせて自殺させてしまった、主人公の夢にはその罪悪感の影響が存在する。

ラストのコマが止まる前に終わるアレ。主人公は現実かどうかを区別するためにコマが回り続けるのかを確認するのだけど、最後は現実かどうかを確認しないんだよね。回すのだけど、最後まで確認しない。映画もコマが回り続けるのかをはっきりさせないまま終わってしまう。正直、アレが現実かどうかはどちらでも良くて、主人公にとってはハッピーエンドなんだよね。

で、インセプションを映画とその観客という観点で見ると、インセプションで現実として扱われているあの階層自体が観客からみたときは夢の世界みたいなもので、監督によってインセプションというアイデアを観客に植え付けられているような、そんな感覚を覚える。冒頭に書いた今敏監督の映画もだいたいそんな感じで、この系統の作品というのは山ほどあるのだろうけど、ぼくはこういうのが嫌いじゃない。